東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)120号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決の理由の要点が原告ら主張のとおりであること、並びに被告上原の訴訟手続受継前の被告株式会社チスイが本訴係属中の原告ら主張の日に更生手続開始決定を受けたことは、原告らと被告会社バイリーンとの間に争いがなく、その余の被告らは明らかに争わないから、自白したものとみなすべきである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は正当であつて、原告らが本件審決を取り消すべき違法事由として主張する点は、以下に説示するとおり、いずれも理由がないものといわざるを得ない(なお、被告会社バイリーンを除く、被告らは、原告らの右取消事由を明らかに争わず、自白したものとみなされるべきところ、本件は訴訟の目的が合一に確定することを要する類似必要的共同訴訟と解すべきであるから、被告会社バイリーンが右取消事由を争う以上、その余の被告らの右自白は効力を生じないものというべきである。)。
1 被告会社金井重要工業の審判請求人としての当事者能力及び株式会社チスイの審判請求への参加の利益の有無について
成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証、第四号証の四によれば、被告会社金井重要工業は、金井宏之を代表者とし、肩書地である兵庫県伊丹市池尻字東奥畑一番地に登記簿上の本店を、大阪市北区堂島一丁目二番九号(住居表示実施前は同区堂島船大工町二二番地)に営業の本拠を置いて紡績機械部品及び不織布製品販売を営む実在の株式会社であることが認められるから、実在の法人として審判請求人たる能力資格に欠けるところはない。また、本件記録中の株式会社チスイの商業登記簿謄本によれば、同会社の目的は、「一般建設工事の設計及び請負」その他これに付帯する一切の業務であることが認められ、右事実によると、株式会社チスイは、本件特許の無効の成否に利害関係を有するものというべきであるから、無効審判請求への参加の利益を有するものということができる。したがつて、原告らのこの点に関する主張は、いずれも採用するに由ない。
2 審判手続の違背の有無について
前示本件審決の理由の要点に徴すれば、本件審決は、職権調査の結果により審判手続において提出された甲第二号証の一ないし一四(本訴における甲第四号証の一ないし一四)及び丙第一号証(本訴における甲第五号証)が建設省近畿地方建設局淀川工事事務所高槻出張所保管の昭和三九年度三島江水制補修工事請負関係書綴の写し及び同工事写真集の写しであることを認定したものであり、これらの証拠方法は、弁論の全趣旨によれば、特許法第一三四条及び特許法施行規則第五〇条の規定により、原告らに送達されたものと認められ、また、右書証に関し証人調べも行われたのであるから、右各証拠の原本の存在及び成立等につき原告らにおいて異論があるならば、意見を述べる機会は充分に与えられたものというべきである。叙上のとおり、本件審決は、職権調査の結果により、原告主張の淀川の工事に関する事実の認定をしたものでないことは明らかであり、したがつて、職権調査の結果につき意見陳述の機会を与えられなかつたことを理由に審判手続の違法をいう原告らの主張は、本件審決理由についての誤解に基づく主張というべく、到底採用することができない。
3 公然知られた事実及び引用例記載の事実の認定判断の誤りの有無について
被告会社バイリーンが成立を認めるによりその余の被告らの関係においても成立を是認すべき甲第三号証(本件公報)によれば、本件発明は、沈床、土止め等の土木工事に用いるマツトに関するもので、従来、この種の沈床は、粗朶を結束して用いているが、天産物であるため機械的に画一的な取扱いができず、多量生産に適しないので、一個ずつ製作するを余儀なくされ手数を要するほか、粗朶沈床では水の流れが急増したとき、抱持している土砂が洗い流されて、その機能が失われる等の問題点があつたところ、本件発明はこれらの問題点を解決することを目的ないし課題とし、本件発明の要旨のとおりの構成を有するマツト(明細書の特許請求の範囲1及び2の記載に同じ。)とすることにより、所期の目的を達したものであり、右の構成を採ることにより、本件第一発明のマツトは、適当な弾性と空隙を備え、耐腐蝕性を有するため、これを河川、海浜等に用いるときは空隙内に川砂、海砂、砂れき等が侵入して堅く固化するため、水に洗われても砂れきによつて砂板状となるので、土砂の流出することがなく、沈床の作用を充分果たさせることができる効果を奏し、また、本件第二発明のマツトは、築堤の斜面等に用いるとき、雨水で表面が削られることなく、更にマツトに含ませた草、芝等の種子の成長により地層を一段と強固になし得る等の効果を奏するものであることを認めることができる。
これに対し、被告会社バイリーンが原本の存在及び成立を認めるにより、その余の被告らの関係においても原本の存在及び成立を是認すべき甲第四号証の一ないし一四及び第五号証ないし第八号証並びに成立に争いのない乙第八号証の一ないし五及び第九号証を総合すれば、淀川の工事は、昭和四〇年一月二〇日から同年三月二〇日までの間において、本件審決認定の場所で水制補修工事として行われ、右工事箇所のうち一か所においてやし粗朶が用いられたものである(叙上の事実は、原告らの認めるところである。)ところ、水制とは高水敷が水流により洗掘されることを防止し、かつ、高水敷を強固にするため、おおむね流水の方向に直交して設ける工作物であつて、流水をよどませ、運ばれてきた土砂を高水敷に堆積させて堤を保護するものであつて淀川の工事も累年の出水のため水制が切断されて洗掘の激しい高水敷の安全を計るため、四か所に川の流れを横切る方向に土石で水制堤体を築いたうえ、その表面を補強するため、うち一か所はやし粗朶、一か所はビニール、他の二か所は粗朶単床(普通の粗朶)で覆い、更に、その上を蛇篭で押さえたものであること、淀川の工事に使用されたやし粗朶は、従前用いられてきた普通の粗朶が欠乏してきたので初めて試用されたもので、東和ロツクが製造、販売し、原告会社共英製鋼から見本の提示とともに、やしの繊維を固めたもので、土砂の吸出し防止に役立つとの説明のもとに納入されたもので、黒つぽく、屈撓性とクツシヨン性がある厚さ二cmのマツトで、その繊維間には掲げて透かすと若干向うが見える程度の間隙があり(叙上事実中、屈撓性とクツシヨン性があること、及びマツトの厚さ並びに繊維間に上叙の程度の空隙があることは、原告らの認めるところである。)、その間隙は土砂(砂利)が詰まる程度の大きさで、審判手続での証人橋波重信の証拠調べの当時において、水流中の土砂がやし粗朶内に入り、粗朶内を充填し、所期の効果を挙げていたこと、右工事は、多数の土木業者により、かつ、一般人が容易に看ることができる状況のもと淀川の河川敷で公然行われたこと、更に、東和ロツクが当時製造、販売していたものは、もともと自動車内座席用クツシヨン体であつて、黒く染色したやしの実の繊維、動物繊維、合成繊維、サイザル(サボテン系繊維)を絡み合わせ、これに合成ゴム、合成樹脂のラテツクス(糊の一種)をスプレーして固めたものであつたが、生ゴムを使用する場合は、酢酸ビニールを加えて使用していたもので、いずれも耐蝕性を有するものであることを認めることができる。
叙上認定の事実に徴すると、淀川の工事に用いられたやし粗朶は、やしの実の繊維等の耐蝕性繊維を粗なる空隙を存した状態に絡ませ、ブリツジ材料をもつて纏絡して板状に構成し、右空隙内に流水中の砂れきが入り、繊維と砂れきが一体となつて岩盤状となるような空隙の大きさを有する土木工事用マツトであつて、土砂の吸出し防止に役立つものであること、並びに淀川の工事が行われた当時、東和ロツクの製造、販売に係るクツシヨン体は、やしの繊維等を絡み合わせ、これに耐蝕性を有する合成ゴム、合成樹脂のラテツクス等のブリツジ材料をスプレーして固めたものであることが本件発明の特許出願前国内において公然知られていたものと認めるべきである。原告らは、本件審決が、右やし粗朶は、その間隙に水は通すが土砂は通さないため、土砂の吸出し防止に役立つものと認定した点を争うが、前認定の事実によると、淀川の工事の目的は、水制堤体により高水敷の洗掘を防止することにあるが、やし粗朶は、ビニール、粗朶単床と同じく右堤体表面を保護するとともに、そのほかに、それ自体土砂吸出し防止の機能をも果たすものであり、前認定の本件発明の目的ないし課題及び効果に比照すると、この点において、本件発明と技術的思想を同じくするものというべく、ビニールや粗朶単床が土砂吸出し防止の機能においてやし粗朶と異なるところがあるとしても、やし粗朶がこの点において同様でなければならないとする根拠はないから、原告らの右主張は採用することができない。更に、原告らは、淀川の工事に用いられたやし粗朶(マツト)がやしの繊維だけでなく耐蝕性のない動物繊維等を含む旨主張するが、淀川の工事に使用されたやし粗朶は、東和ロツクの製造に係るもので、やしの実の繊維だけでなく、原告ら主張のような他の繊維を混合して作られたものであるけれども、やしの実の繊維を主材料とするものとみることができ、また耐蝕性があること(このことは、施工後多年を経てなお所期の効果を挙げていることからしても肯認することができる。)は、前認定のとおりであるから、原告の右主張も採用の限りでない。なお、本件審決が、淀川の工事のやし粗朶に関し、やしの繊維を固めて成る土木工事用マツトと認定した点は正確とはいい難いが、右やし粗朶の繊維構成が前認定説示のとおり、本件第一発明の構成を充足している以上、この点は本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。また、原告らは、本件審決が、淀川の工事に用いられた土木工事用マツトにつきブリツジ材料として何を使用してもよいかのような認定をし、不正確な公知事実の認定をした旨主張するが、本件審決理由の要点に徴すれば、本件審決は、右土木工事用マツトにつきブリツジ材料が必ずしも明確でないけれども、この点については、東和ロツクの製造、販売に係るクツシヨン体に用いられたブリツジ材料が本件発明の特許出願前国内に公然知られていたものとし、これを引用したことが明らかであるから、原告らの叙上主張は本件審決の認定しない事項を論難するものであつて、採用することができない。なお、原告らは、当時非耐蝕性の生ゴムで固められたやし粗朶しかなかつた旨主張するが、本件審決は、纏絡した繊維の固結方法については、前認定したとおり、当時東和ロツクが製造していたクツシヨン体のそれを引用したものであり、右クツシヨン体は、固結のため生ゴムを用いる場合、酢酸ビニールを加えた接着剤を用いていたことは前認定のとおりであるが、成立に争いのない乙第五号証ないし第七号証の各一ないし三によれば、生ゴム自体は耐蝕性のものといい得ないけれども、生ゴムを原料として作られる接着剤(結合材)が水、低温に強い耐蝕性を有することが認められるのであるから、原告らの右主張は採用することができない。
以上認定したところに基づいて、本件第一発明と淀川の工事のやし粗朶とを対比するに、両者は、その繊維のブリツジ材料の点を別にすれば、その余の点においてその構成を同じくし、かつ、同様の作用効果を奏するものということができるところ、本件第一発明と同種のブリツジ材料を繊維の纏絡固化に用いた東和ロツク製造、販売に係るクツシヨン体が本件発明の特許出願前に国内において公然知られていたことは、前認定のとおりである。
そうすると、本件第一発明は、その特許出願前国内において公然知られた淀川の工事に用いられたやし粗朶及び東和ロツクの製造販売に係るクツシヨン体の繊維のブリツジ材料に基づいて容易に発明をすることができたものとみるのが相当である。原告らは、右クツシヨン体は本件発明のマツトと性質、ひいて技術的分野を異にするから、両者間の技術の転用は容易になし得ない旨主張するが、本件審決は、繊維の固結方法について両者の同一性を認定判断したものであり、前認定のとおり、右クツシヨン体も淀川の工事に用いられたやし粗朶の土木工事用マツトも東和ロツクで製造されたものであることに徴すれば、両者が全く技術的分野を異にするものとはいい難く、右クツシヨン体の繊維の固結方法を本件発明のそれに転用することは容易というべきであるから、原告らの右主張も採用するに由ない。
次に、前認定したところに基づき、本件第二発明のマツトと淀川の工事のマツトとを対比するに、<1>前者が繊維を耐蝕性ブリツジ材料をもつて纏絡しているのに対し、後者ではこの点が明らかでなく、また、<2>前者が「板状物の空隙内に根を張る草の種子類と共に土砂を充填してその敷設によつて草の成育につれ、草根と板状物との共働により土砂の崩壊を抑えるようにした」構成を採るのに対し、後者はこのような構成を欠く点において差異があるが、その余の点は一致するものと認められるところ、本件第二発明の繊維を耐蝕性ブリツジ材料をもつて纏絡する前示構成は、本件第一発明のこの点の構成と同一であつて、この点については、前認定説示したとおり、本件発明の特許出願前に国内において公然知られた東和ロツクの製造、販売に係る前記クツシヨン体に開示されており、また、右<2>の相違点について検討するに、被告会社バイリーンが成立を認めるにより、その余の被告らとの関係においても成立を是認すべき甲第九号証(引用例。これが本件発明の特許出願前に国内において頒布された刊行物であることは、原告らの明らかに争わないところである。)によると、引用例には、土、肥料、繊維、粘土及び水を指定の配合で練り合わせる工程と、この材料を成形機により板状の植生盤に圧搾成形し乾燥する工程と、その植生盤の上面に設けた数多のポツトに種子を入れその表面をマツドで上塗りする工程と、この植生盤を現場に並べて取り付ける工程とから成り、種子の発芽成長により植生を導入し表土の流失を防止することを特徴とする植生利用による土砂杆止法が記載されていることが認められるところ、右認定の引用例に開示された、種子を植生盤に設けられた多数のポツトに入れ、表面を土で上塗りし、種子の発芽成長により表土の流失を防止するという技術的思想が、本件第二発明における、板状物の空隙内に根を張る草の種子類とともに土砂を充填し、草の成育につれ、草根と板状物との共働により土砂の崩壊を抑えるという構成に示された技術的思想と同一であることは明らかである。原告らは、本件第二発明の板状物と引用例記載のものの植生盤との相違を云為するが、本件審決が引用例に記載された技術として摘示した事項が、種子類とともに土砂を充填させ、種子の成長に伴い土砂の崩壊が防止されるという技術的思想であることは、前示本件審決理由の要点に照らし、明らかであるから、原告の右主張は本件審決の内容を誤解したものに基づくものというべく、採用の限りでない。
そうすると、本件第二発明は、その特許出願前国内において公然知られた淀川工事のやし粗朶及び東和ロツク製造、販売に係るクツシヨン体における繊維の纏絡固結したもの及び引用例記載の技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものというべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告らの本訴請求は、理由がない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本件発明の要旨は左のとおりである。
1 本文に詳記する如くやしの実の繊維、ホツプの葉脈、合成樹脂繊維等の耐蝕性繊維を粗なる空隙を存した状態に絡らませ、この状態のままで合成樹脂、瀝青質物等の耐蝕性のブリツジ材料を以て纏絡して板状に構成し、上記空隙内に砂れきを充填させて、繊維と砂れきとが一体となつて岩盤状となるよう空隙の大きさを定めたることを特徴とする土木工事用マツト。(以下「本件第一発明」という。)
2 本文に詳記する如くやしの実の繊維、ホツプの葉脈、合成樹脂繊維等の耐蝕性繊維を粗なる空隙を存した状態に絡らませ、この状態のままで合成樹脂、瀝青質物等の耐蝕性ブリツジ材料を以て纏絡した板状物を構成し、上記板状物の空隙内に根を張る草の種子類と共に土砂を充填してその敷設によつて草の成育につれ、草根と板状物との共働により土砂の崩壊を抑えるようになしたることを特徴とする土木工事用マツト。(以下「本件第二発明」という。)